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 ■0893■ 癌について (03・3.4)
  「癒し手として・31」(悠々塾2003年2月定例会「癒しの講座」資料より)

今回は、地上の人々が病として最も恐れる「癌」について。人の感情は日々さまざまなかげりを持つが、同時に喜びも生まれている。そのバランスのなかで心の健やかさを保とういう作用が働く。かげりを何らかの形で解消し、喜びはふくらませようとする。出しきれないものは感情の層にエネルギーとして溜まっていく。それが認識するのも辛いならば、さらに下層の意識下(感情よりも肉体に近い層)に沈み込ませる。自分で"分からない""覚えていない"状態にする。

そうやって溜め込む場所ができると、同様の感情は"共鳴"によって、そこに引き込まれていくために、発散・放出・解消よりも、凝集の方向に傾く。とは言え、溜め込むにも限度はある。それまでは溜め込むことでバランスを保っていた状態を保持できず、さらに下位(肉体)に形となって現れる。

かげりの要素はさまざまであるが、それが「癌」という形となって表れるのは、元にあるかげりが凝集されるうちに堅さと強さと激しさを増し、怒り・許し難さから、恨み・憎しみ、拒絶、断絶に変化するからである。
たとえ悲しみ・寂しさ・辛さ・苦しさ…といったもので、それが恨みや憎しみ(拒絶や断絶)につながりそうもないものだとしても、"凝集"によって、その要素はよりかげりを濃くするからである。

それを抱えた本人にとっては、嫌なもの、困ったもの、無くしてしまいたいものである。しかし、それもまた自分の心なのだという受容的な思いから始まって、形をなすほど思いが溜め込まれていたのだという自覚を持ち、しかしそれまで保持してきてくれた心と体とに感謝を向けられるよう。

本人以外の者は「癌」を敵と見なしてはならない。
 その人の心の内にあるものを、そこに溜めておいてくれたものとして見るように。しかし、今からは溜める必要はなくなるのだから、もう役割を終えていいのだ、ありがとうという思いを向けるように。溜めるのではなく、自分たちがそれを受け入れていくのだから、もう「癌細胞」の役割は終わったのですよ、と。